6.ショックというストレス

そして、自分だけが何もしていない人間のように感じます・・・。
(悲しいです、悲しかったです。)

自分だけが時が止まったような感じ。
そんなことを思いながら、4月からの予備校生活がスタートしました。

もちろん同じ高校の同級生も予備校に何人かは来ており、休み時間に話をしたり、一緒に自習室で勉強したりしました。
しかし、何か物足りない気分ののらない感じで4月~5月の2ヶ月間は過ごしました。

ここで、あまりきれいなお話ではありませんが事実なので、書いておきます。
事実です。
笑い話かもしれません。
しかし、リアルにプライドの高い人間が負けた時の自信喪失の感じが伝わるのかもしれません。

サブローは2ヶ月間ずっと下痢でした(笑)。
今から思えば、笑い話ですが、事実なので仕方がありません。
ショックという名のストレスでしょう。
あんな経験はなかなかできないはずです。

5.浪人生活の決定

では、続きを行きましょう。
(ちょっと最初なので、硬いスタートになってしまいましたが、徐々にフランクになるはず、では)

母親の説得にも負けず、ちょっぴり意地になっていたのかもしれませんが、浪人生活を選びました。

「自分の好きなようにしろ」という親父の言葉をいただき、昔から自分で決定することを教えられてきた我が家。
私が「1年だけ浪人させてほしい。」と言ったので、それで浪人生活が決定しました。

たぶん、このブログを読んでいるのは受験生の人でしょう。
(受験勉強お疲れ様です。)

浪人が決定すると、何が悲しいか?先輩として教えておきましょう。
(ちょっと偉そうですか?)

友達が大学生になっている!これに尽きます・・・。

そうです。
高校の同級生が大学生になっているのです。
(当たり前のことです。)
サブローのように大学にこだわってない友人が滑り止めの大学に受かり、大学生をしていたり、昔からの友人が社会人になって、働いていたり。
そうです。
友達のみんなが何かをやっているように感じます。

4.大学受験ブログのお断り

現実のサブローくんに戻りましょう。
敗北感を感じながら、関西大学、近畿大学の入試を受けました。
滑り止め入試というやつです。

国公立大学をどこか受ければよかったのでしょうが、もう入試へのやる気が出ず、なあなあで生きていました。
滑り止めはどうだったか?
もちろん合格しましたよ!

しかし、サブローには「そっか~、受かったか」ぐらいのことで、行く気はゼロ。
それが2月ぐらいのことだったかな~。

「行かないのなら試験を受けなくてもいいじゃないか」と親父に言われ、「関西大学に行きなさい」と母親の説得を受け、見事にサブローの浪人生活が始まるのです。

これが、「大学受験合格ブログ」のプロローグいうものです。
まずは、自信満々の出口サブローという高校生が大学受験を失敗し、人生の負け組から勝ち組になるべく、受験勉強を始めるというお話です。

くれぐれも断っておきますが、これはすべて私、出口サブローの気持ちの中で考え、思い、感じたことを書いているだけで、どこの大学がいいとか、悪いとか、勝ち組とか負け組とか、そんなものは存在しません。
もちろん日本で一番偏差値が必要な大学は東京大学でしょうけど、一番優秀な人が多い大学が東京大学かというとそとは言い切れません。
大学受験というのはひとつの通過点で、それがすべてではないのです。
そこをちょっと頭の片隅において読んでくれるとありがたいです。

3.センター試験の結果

大阪市内にある大学というと大阪市立大学しか存在しないのがいけない!
そう思ったことも何度もありました。

だって、もっと偏差値の低い大学が大阪市内にあれば、喜んでその大学に行ったからです。
まあ、そんなどうでもいい話は置いておいて・・・
(でも、大学名をしっかり出した方がリアルに感じ、作り話ではないと思うかなぁと思って書いてみました。)

敗北感でいっぱいのサブローのセンター試験の得点は800点満点中なんと520点!
なんと65パーセントです。
これでは残念ながら願書を出すまでもありません。
80パーセントの640点は欲しいところです。

しかし、いい点数が取れなかった現実を受け入れないと!
国語のホームページを作りましたが、その時のセンター試験の国語の得点は108点・・・。
さみしいものです。
これで、志望校をあきらめ、別の大学を目指せばいいのですが、なんとなく本気になれない。
だって、大阪市立大学へ行き、大阪市民になることが夢であり、そうなると信じていたのだから。

2.国公立大学がすべて?

国公立大学だけがすべてではない!
もちろんそうです。

大学なんて星の数ほど存在し、世の中の勝ち組と言われる人間の全員が国公立大学を卒業しているなんて絶対にない。
しかし、志望校に合格できない=負け組
という縮図が世間の狭い高校生のサブローには出来上がっていた。

志望校は大阪市立大学に決めていた。
理由は簡単。
大阪市にあるから。本当にそれだけ。

何をあほな理由でと言うかもしれませんが、高校生のころから、○○教授のいる△△大学へ行きたい!
なんていう高校生の方がレアな気がします。
お笑いが好きで、昔から大阪にあこがれ、大阪に住みたい、人生の何年かを大阪という街で過ごしてみたい。
それが高校生のサブローの夢でした。
え?
大阪に住みたければ、大阪にはたくさんの大学があるって?
それは違います。

大阪に住みたい!と言って、大阪の隅っこの街に住んでも何もなりません。
勝手な私の考えですが、住むなら大阪市内!
もちろん大学に行くなら大阪市内にある大学。これが田舎の高校生サブローの夢でした。

1.大学受験失敗!?

あれはいつのことやら・・・

センター試験を終えた私は、タソガレモード全開でボーっと日々を過ごしていました。
小学生のころから
「出口君は勉強ができるから、いいね」と言われ、自信満々に小学校・中学校を過ごし、地元の進学校に入学。

最初はなかなかだった成績も少しずつダウン気味・・・。
しかし、絶対出来るはずと意味のわからない自信を持ちながら高校生活を過ごしていました。
しかし・・・・・、なんだろう?
このみじめな感じ。
味わったことのない敗北感。
そう、志望校の国公立大学に合格するためのセンターの得点にはまったく届かず、もうすでに不合格が決定したような気持ち。
いや、不合格でしょう。
あなたが現在、受験前なら「あきらめるな!」と元気をあげたいけど、あの頃のサブローは敗北感にどっぷりつかっていました。
今から思えば、志望校に合格して大学生をふつうにやっているサブローから見れば、何も負けておらず、人生の勝ち負けが大学で決まるなんてあり得ないと教えてあげたいところですが、何も知らない高校生のサブロー君。

負け組決定!という文字が、頭の中をずっと回っていました。